金田一耕助の事件簿007
横溝が「金田一耕助像」を確立しようとした作品
「蝙蝠と蛞蝓」(横溝正史)
(「死神の矢」)角川文庫
「蝙蝠と蛞蝓」(横溝正史)
(「人面瘡」)角川文庫
東京の学生・湯浅は
アパートの住人二人が
気になって仕方がない。
一人は何度も
遺書をしたためながら
一向に死ぬ気配を見せない
「蛞蝓女史」、
もう一人は風采の上がらぬ男
「蝙蝠」。
ある日、蛞蝓女史が殺害され、
湯浅に嫌疑がかかる…。
わずか30頁足らずの掌篇です。
手の込んだトリックもなく、
複雑な人間関係もない作品なのですが、
横溝正史の金田一ものの中では
なぜか評判の高い作品です。
【事件簿File-007「蝙蝠と蛞蝓」】
〔事件発生〕
昭和21年(東京)
〔依頼人〕
剣突剣十郎
…アパート経営者。
最近、病がちで床に臥せっている。
〔捜査関係者〕
※警察関係者は登場するものの、
名前を与えられていない。
〔事件関係者〕
「おれ」(湯浅順平)
…語り手。アパートの住人。学生。
鬱憤ばらしに隣人を小説に書く。
山名紅吉
…アパートの住人。学生。美少年。
お加代
…剣十郎の姪。順平が惚れる。
お繁
…アパート裏の家に住む女。
「蛞蝓女史」と順平は呼ぶ。
金田一耕助
…順平の隣に引っ越してきた男。
「蝙蝠男」と順平が呼ぶ。
本作品の読みどころ①
一人称で綴られる作品構成
一人称の作品は
横溝作品にもいくつか見られます。
一人称の場合、
語り手の見たものしか
描き入れることができないため、
筋書きを複雑にすることが難しく、
構成が単純にならざるを得ないという
欠点があります。
しかし、
語り手の目線で事件を追うことになり、
臨場感は大きくなります。
特に語り手が容疑者となる場合、
その冤罪の恐怖が読み手に
ひしひしと迫ってくるのです。
※ちなみに金田一シリーズにおいて
一人称で語られる作品には
以下のようなものがあります。
本作品の読みどころ②
自らが落ちる「書き置きの罠」
語り手・湯浅は気に入らぬ二人を、
自分の書いた小説の中で陥れて
溜飲を下げようとします。
蛞蝓女史は被害者、
蝙蝠は加害者として設定するのです。
蛞蝓女史の書いた
「遺書もどき」を使って
蝙蝠が殺害をカムフラージュする
構想を下書きするのですが、
その原稿が現実の犯罪の有力な証拠と
なってしまうのです。
本作品の読みどころ③
金田一耕助の扱われ方
この「蝙蝠」こそ、
金田一耕助なのです。
「いつも髪をもじゃもじゃ」にしている、
「冴えぬ顔色をしている」
「襟垢まみれの皺苦茶」の和服を着ている、
「小柄で貧相な風采」、
「生涯うだつのあがらぬ人相」と、
徹底的にこき下ろしているのです。
「蝙蝠」いや金田一が無罪を証明し、
湯浅は窮地を脱します。
冒頭の一文
「およそ世の中になにがいやだといって、
蝙蝠ほどいやなやつはない」と、
終末の一節
「おれはちかごろ蝙蝠が大好きだ。
第一、蝙蝠は益鳥である」の
対比が見事です。
本作品の発表は昭和22年。
「本陣殺人事件」「獄門島」に次いで、
金田一ものの第3作にあたります。
(ただし「獄門島」連載中に
本作品が雑誌掲載されているため、
完成は本作品が先)。
横溝は前2作で
切れ者として描いた金田一の、
風采の上がらない外面を強調し、
本作品で「金田一耕助像」を
確立しようとしたのかもしれません。
事件の解決が小気味よく、
後味の悪くない作品として
仕上がっています。
ちょっと変わったテイストの
横溝作品としてお薦めします。
※本作品は旧角川文庫版「死神の矢」に
収録されていましたが、
新角川文庫では「人面瘡」に
収録されています。
※最後の一文に
「蝙蝠は益鳥」とありますが、
コウモリはもちろん哺乳類であり、
鳥ではありません。
横溝は生物学に弱かった!?
〔「人面瘡」収録作品〕
(2019.4.7)
〔追記〕
こちらもご覧下さい。
(2023.1.10)
〔追記〕
本書は約30数年間絶版中でしたが、
横溝正史没後40年&生誕120年記念の
一環としてめでたく復刊となりました。
冒頭の写真は復刊版と差し替えました。
旧版は下の写真です。
デザインが
マイナーチェンジしています。
(2022.2.27)
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